October 09, 2006
授業を考える。その2
では、一対一のコミュニケーションとはどういうことなのでしょう。
誰にでもわかる話ですが、対話とは目や耳、口(言葉)や、体(身振り手振りの仕草)などを使って行います。これらは五感は情報を発信する媒体となり、また受信する為のアンテナでもあります。人間から人間へ、あらゆる感覚器官に情報を訴える行為を、お互いが行うことで成立する状態が対話、コミュニケーションです。
一対一の授業、といわれるとなんだか変な感じがしますが、最小単位であるその様子を想像すると理想の授業形態が見えてきます。授業とは、一方から一方への「情報の一方通行」ではなく、双方の感覚器官を向けあった対話でないといけないと思うわけです。そしてそれに案外と気がついていない人は多い。
コミュニケーションとはいっても、対話型の授業を行う、ということではなく、その授業は聞き手の五感に訴えることは出来ているか、ということが重要であり、また聞き手側は、聴覚だけではなく、すべての感覚器官というアンテナを発信者に向けることが出来ているかがなにより必要であるということです。
なにやら小難しい言い方をしてしまいましたが、こういう例えではどうでしょう。例えばライブ。ステージ上のアーティストは、自分の唄、自分の声、自分の言葉を精一杯表現し、観客に伝えようと試みます。そして聞き手は、そのメッセージを聴覚だけではなく全身を使って精一杯受け止めようとする。発信者の「届けたい!」という気持ちと、聞き手の「受け取りたい!」という気持ちがこれ以上ないくらい高い意識で行われている非常に理想的な状態と言えます。
映画鑑賞も同様です。こちらは発信者が人間ではないぶん、情報の与えられ方は一定です。もちろん作品によってもその力は変わってきます。映画を観る時ももちろん、皆さんは全神経を映画に集中させますよね。ライブ同様、この意識の集中が肝心なワケですが、これをここではモチベーション、と呼びたいと思います。
どんな内容の話にも意識を集中して耳を傾ける、これはなかなか難しいこと。でもライブや映画では、自分が観ようという意識を持ってきているわけですからそういう意味では積極的に受け手になろうとしている。好きなアーティストを実際に見たり、お金を払って観に来た映画をなんとか楽しんで元を取ろうという考えもあるかもしれません。どちらにしろ、受け手のモチベーションは能動的で非常に高い。では「授業」において、モチベーションを持つには?という話になりますが、それは次回に話したいと思います。
とにかく、良い授業とは、優れた発信者と良き聞き手によって作られるものであると思うのです。そしてそれはなにも、特別な能力がないといけないわけではなく、双方の意識の持ち方で、同じ内容の授業でも、その理解の度合いは格段に違ってくるのではないかなと思います。
つづく。
誰にでもわかる話ですが、対話とは目や耳、口(言葉)や、体(身振り手振りの仕草)などを使って行います。これらは五感は情報を発信する媒体となり、また受信する為のアンテナでもあります。人間から人間へ、あらゆる感覚器官に情報を訴える行為を、お互いが行うことで成立する状態が対話、コミュニケーションです。
一対一の授業、といわれるとなんだか変な感じがしますが、最小単位であるその様子を想像すると理想の授業形態が見えてきます。授業とは、一方から一方への「情報の一方通行」ではなく、双方の感覚器官を向けあった対話でないといけないと思うわけです。そしてそれに案外と気がついていない人は多い。
コミュニケーションとはいっても、対話型の授業を行う、ということではなく、その授業は聞き手の五感に訴えることは出来ているか、ということが重要であり、また聞き手側は、聴覚だけではなく、すべての感覚器官というアンテナを発信者に向けることが出来ているかがなにより必要であるということです。
なにやら小難しい言い方をしてしまいましたが、こういう例えではどうでしょう。例えばライブ。ステージ上のアーティストは、自分の唄、自分の声、自分の言葉を精一杯表現し、観客に伝えようと試みます。そして聞き手は、そのメッセージを聴覚だけではなく全身を使って精一杯受け止めようとする。発信者の「届けたい!」という気持ちと、聞き手の「受け取りたい!」という気持ちがこれ以上ないくらい高い意識で行われている非常に理想的な状態と言えます。
映画鑑賞も同様です。こちらは発信者が人間ではないぶん、情報の与えられ方は一定です。もちろん作品によってもその力は変わってきます。映画を観る時ももちろん、皆さんは全神経を映画に集中させますよね。ライブ同様、この意識の集中が肝心なワケですが、これをここではモチベーション、と呼びたいと思います。
どんな内容の話にも意識を集中して耳を傾ける、これはなかなか難しいこと。でもライブや映画では、自分が観ようという意識を持ってきているわけですからそういう意味では積極的に受け手になろうとしている。好きなアーティストを実際に見たり、お金を払って観に来た映画をなんとか楽しんで元を取ろうという考えもあるかもしれません。どちらにしろ、受け手のモチベーションは能動的で非常に高い。では「授業」において、モチベーションを持つには?という話になりますが、それは次回に話したいと思います。
とにかく、良い授業とは、優れた発信者と良き聞き手によって作られるものであると思うのです。そしてそれはなにも、特別な能力がないといけないわけではなく、双方の意識の持ち方で、同じ内容の授業でも、その理解の度合いは格段に違ってくるのではないかなと思います。
つづく。
