November 15, 2008
ミスターロンリー

ミスター・ロンリー
ミスターロンリーを観た。
ハーモニーコリンの8年ぶりの新作だそうな。
ボクは多感な学生時代にこの監督のガンモを観てるのだけど、あまりにも鋭くてナイーヴな映像にショックを受けた経験があります。純粋すぎて、それが痛すぎて、消えない傷のように細胞に刻み込まれている感じ。
ミスターロンリーを知ったのはなにかのDVDに入っていた予告を観たからなんだけど、モノマネをすることでしかアイデンティティを保てないインパーソネーターという人たちが集まるコミュニティとモラトリアムを描いた映画って時点でとっても魅力を感じてしまった。
主人公はマイケルという男性。職業もマイケル。彼はマイケルジャクソンのインパーソネーターで、純粋であるが故に孤独な人生を送っている。
オープニングの主人公がポケバイに乗り、名曲ミスターロンリーが流れながらゆっくりと近づいてくる長回しから、パリの街頭でマイケルのパフォーマンスをしているものの、誰にも注目されない主人公を描く一連のシークエンスで、主人公の性格と境遇をいきなり明示する、鮮やかすぎる表現に冒頭の数分だけにも関わらず、くらくらしてしまった。
劇中、マイケルはパリで出会う同じインパーソネーターであるマリリンモンローに誘われ、スコットランドの古城に集うモノマネ芸人達のコミュニティに参加する。ボクはここで、メゾン・ド・ヒミコのゲイの老人ホームを思い出した。ユートピアではあるけれど、社会的な位置づけは弱者の集合体っていう描かれ方が共通している。でもミスターロンリーでの彼らは、劇場を作り地上最大のショーを目論むなどその姿勢はポジティブではあるが、他者に必要とされない存在という意味に変わりはなく、余計にもの悲しさを感じた。
それだけに、後半彼らを襲う「ある事件」が、彼らのその後にどのように作用したのかがまったく描かれないあたりが、残念だった。それはきっと主人公マイケルの成長を描くストーリーだからということなのだと思う。
この映画はインパーソネーターを描いているわけではなくて、誰でも抱える悩み「アイデンティティの存在と確立の苦悩」というテーマを描く上で、インパーソネーターという極端なキャラクター達をモチーフにして、描く事でそのテーマを際立たせている、というふうに観るべきだ。
だからこそコミュニティに参加後のマイケルの描写が意外なほど少なく、そこに集う人物達を俯瞰して描いている感じだったのだろうな。でもやっぱり主軸がブレてしまってる感は否めない。
極めつけは、劇中に挿入されるマイケル達とは相容れない、まったく別の場所でおこる、シスター達のある奇跡のストーリー。さすがに意味がわかんなかったので調べてみたら、監督いわく2つのストーリーには「純粋さと社会性の対立」という共通点があるといっていた。純粋であるが故に社会に相容れない彼(マイケル)を象徴としたストーリーなんだってことが監督のコメントからわかる。
やはりミスターロンリーはマイケルを通して観るアイデンティティの話なんだ。

ガンモ
美しくて、汚い。汚くて美しい。

キッズ
ハーモニーコリンデビュー作リアルさがなんだか怖くてボクはまだ未見。
